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釘宮義人「信仰の確かさ」

信仰の確かさ

                       釘 宮 義 人

 

      一、確かな信仰を求めて

 世には自己催眠的な「信仰」というものがあります。日本人は昔からそれを知っているようです。「いわしの頭も信心から」などと言うのがそれです。こうして世間一般からもホンモノでない「信仰」というものが見抜かれ揶揄されているのだと思います。
 精神統一したり、空中浮揚したといって霊能力を誇示するオウム真理教のような宗教の危険さを世人は初めて知りました。「なんでもよい、何を拝んでもよい。信仰しさえすればよいのだ」などと言うのは、ずいぶん無責任な言葉なのです。
 ご利益を追及するばかりの宗教があります。石の地蔵さんや蛇を祭って祖先の呪いを払うなどという原始宗教、あるいは衒学的高度な言辞を弄して人を煙に巻いたり、地球がすぐにも滅びるなどと言って恐怖心をあおって信仰を押しつけたりする宗教、このように間違った宗教も様々です。
 しかし、質のよい宗教もあります。たとえばそれは道徳的に高い目標を掲げます。自制して高品位の人生を歩めと言います。経典や創始者のおっしゃる言葉はたしかに尤もなことが多いのです。しかしその指導要領に従おうとすると如何に努力しても理想どおりには行きません。人間の心はきたないものです。人の前に自分を偽り、義人らしく生きる事は出来ます。しかし、心の深いところで平安がありません。すき間風がはいるように心の中を冷たい自己否認か自己懐疑の風が吹き抜けます。
 私は戦前にダイヤモンド社の出版だったか、ナポレオン・ヒルの成功哲学の本を読んでたいへん感銘を受けたことがあります。あの頃はまだそういった本はまったく無かったのです。こうした傾向の本は戦後も人気があり、今日も盛んです。潜在意識を用いて「考え方を変えよ」というタイプです。「信念の魔術」「積極的考え方の力」「眠りながら成功する」「セルフイメージを変える」「意識は現実を変える」等々です。
 軽快な宗教があります。それは社会、人生を上手に渡って行ける方法、そのコツを教えてくれます。家庭や近所付き合い、会社等での人間関係に成功する方法、自分自身の心がけを変えるテクニック、その実践マニュアル。これはけっして悪くはありません。案外古い新興宗教でも、たとえば天理教、PLや倫理研究などに見受けられます。
 このタイプの指導手法は注意して用いれば教会でも有効です。夫のパチンコ癖が直るようにとか、登校拒否の中学生が学校へ喜んで行けるようにとか、家庭学習の下手な高校生に時間管理の仕方を教えたら早速その日から勉強が楽しくなりました。そして志望校に合格しましたとか、こういう実例はたくさんあります。日々の生活の心構えの転換です。しかしこれは宗教とは言えません。「生き方の講習会」に過ぎません。
 それらは生活に関する一種の「救い」かは知れませんが、本当の人生苦の深淵からは救い出してくれません。「人間はどこから来て、何のために生きるのか、どこへ行くのか」、そういう人生最深の悩みを救ってくれません。
                *
 私の青年時代、私の親友が厭世自殺をしました。それは彼の哲学から来る結論でした。ある古代の東洋の詩人が、「人の最大の幸福は生まれなかったことである。次に幸福なことは一刻もはやく死ぬことである」と歌っているような哲学、私も共感しました。そして私も深刻に悩み始めました。「人間が四十年、五十年苦労して生きている価値がどこにあるのか」。どう考えても私には「四十年、五十年苦労して生きる価値は人生のどこにも無い」ように思えました。私はその親友の死に釣りこまれて私も死んで行きそうな感じがして、恐れ、また苦しみました。
 そうした中で、問題は自分自身のエゴイズムにある、どんなに人にたいして真実と愛をもって接しようとしても結局は私のエゴイズム、人を信じ抜けず、けっして愛し通せない、却って人をだまし裏切りさえする、そうした自分の醜い不真実さ、それが罪だと分かって来ました。
 親鸞のいうように私の心も「蛇蠍」のごとし、「地獄ぞ一定棲みかぞかし」ということです。人間がまじめになればなるほど、善い人間になるかというと、さにあらず、人間は心底まじめになればなるほど、自分の罪や醜さ、卑しさ弱さに苦しむのです。
 そうした人間の内面的良心的苦悩の行く結末は永遠の死です。この結論から人は逃げることができません。もちろん自分をごまかして、そういう問題を考えない事にする事は出来ます、多くの人が「死」を考えない事にしているように……。「人間は死と太陽はまともに見つめることが出来ません」。同様に人は自分の罪をまともに見ることはむつかしいのです。絶対的不安が見え隠れついてきますから。
 アウグスチヌスは言いました、「人は神に造られたので神に帰るまでは平安を得ない」と。人の魂は根本から罪に歪んでいるとは言え、創造者なる神の霊性は人の内奥に隠れています。人はこの内なる罪と神的霊性の二つの間の相剋に悩むのです。不安を生じます。そして強力な罪の力により神の霊性の影響下にある折角の良心はその働きを封じられるのです。「ああ、われ悩める者なるかな」(ローマ七・二四)ということです。
                *
 聖書は、人間の力でいくらあせって、がんばって罪と悪の勢力と戦っても、到底勝てないと、私たちに告げます。しかし、ここに罪と死に勝利され、私たちのために身代わりとなって罪の代価を死をもって支払ってくださった方がある。この方に信頼するなら、この方が既に永遠の生命への道を私たちに備えて下さっているというのです。
 この方、イエス様は「私は道であり、真理であり、命である」と言われました。釈尊といえども「私は生命である」とは言いませんでした。「私は法ではない、法を悟ったものである」と言いました。しかしイエス様は「私は法(真理)である」と言うのです。イエス様を信じるとは、イエス様のお言葉を実行して善い人、清い人になるということではありません。イエス様を私の心に迎え入れ、私の心の中でイエス様に生きて頂き、もはや私が自分を生きることをやめる、これがキリスト信仰です。
 どうぞ、今あなたの眼前にイエス様が居られると信じて、次の言葉をイエス様に語りかけてください。
 「イエス様、私の内に入ってきてください。私の中に居て私を支配して下さい。私を占領して下さい」
 必ず、イエス様があなたの魂の中に入って、お住みになってくれます。
 また、聖書を読むとイエス様が「私に従ってきさい」とおっしゃっておられる個所があります。あなたもその聖書の個所を読んで、「ハイ」と返事して下さい。その時から、あなたはイエス様に従う人になります。
 安心してください。イエス様はあなたを一生離すまいと捉えて下さるのです。聖書に「聖霊によらなければ『イエスは主なり』と言えないとありますから、イエス様に呼びかけ、イエス様に答える時、あなたに神の聖霊が働いているのです。あなたは既にイエス様のものです。
 「主イエス様に捉えられている」ということ、そこにあなたの信仰を置きましょう。潜在意識でもなく、あなたの考え方でもなく、生き方の法則でもない。あなたの魂の真中にイエス様が居られ、あなたを捉えて離さない、このことに気づく、そこに「救いの確かさ」があります。

      二、平凡な日本の女にも

 「あなたはクリスチャンですか」と聞かれて、「はい、そうです。私はクリスチャンです」と答えられる人は幸いです。日本人は遠慮深いというか、恥ずかしがり屋というか、こういう時、はっきり「はい、私はクリスチャンです」と答えられる人が少ないのです。
 「ええ、まあ、クリスチャンのような者です。教会には行っていますがね、エヘヘヘヘ」と笑う。こういう笑いはいけない。
 「はい、僕はクリスチャンです。三年前に救われました。救い主イエス様を私の心に受け入れました。しかも、それからしばらくして聖霊様、神様の聖霊を受けました。それまで泣き虫だった僕が、こんなにすっかり変わりました、ワハハハハハ。僕の行っている教会はすぐそこです。さあ、ご一緒にいらっしゃいませんか」、こういう風にありたいです。
 しかし、信仰の確信が無ければこうは行きません。自分に確信が無いのに、無理して右に書いたような愉快なクリスチャンぶりを発揮しなさいと言っているのではありません。まず必要なのは確信、つまり「救いの確かさ」を握っているかどうかということです。
 「あなたはクリスチャンですか」、こう問われて「ええ、だいぶ前、若いときに洗礼は受けましたしね、今も教会に時々行っています。クリスマスやイースターには献金も持ってゆきますよ。別に盗みもせず、姦淫もせず、時おり酒ぐらいは飲みますけれど、イエス様は愛の神様ですから赦して下さるんではないでしょうか。死んで、天国と地獄があるにしても、どうにか天国の門に入れてもらえるのではないでしょうか」。
 こういう程度の人は案外多いかもしれませんね。アメリカでは、こういうクリスチャンが多いのだと聞きました。日本人の多くが信仰が無くても仏教信者のような顔をするのと同様でありましょうか。
                *
 私の母も長い間、まったくその通りだったのです。私がまだ、小学校四、五年生のころです。その頃、母は急におかしくなりました。一日中「神様、神様」とつぶやきながら、家の中を家事をしながら歩いているのです。もちろん座って居るときも同様です。そして朝は早くからどこかへ行って居なくなります。
 「変だなあ」と子供心に思っているうちに、半年もしたでしょうか、ある朝、顔を輝かして帰ってきました。私をつかまえて言います。
 「義人、分かったよ。イエス様が私を救ってくださった。イエス様の十字架を信じるだけで私たちの罪は赦されるんだよ、イエス様は私たちの身代わりに死んで下さったんだよ」
 涙を流している母を見て私はびっくりしました。そして「信仰」とはこのように確実なもの、現実的なものである。本当に人を変える。あの愚痴の多い、おろおろしやすい母をすっかり変えてしまった「信仰」というものに私はびっくりしたのでした。
 母はそれまで洗礼を受けて二十年近く教会に通っていました。クリスチャンの父と結婚してから尚更、教会生活に励みました。教会の婦人会の会長もしていました。悪いことは何もしません。時々、愚痴は言うし、人の批判もする、心に嫉妬をいだきました。しかし、そのくらいは誰もしていること。神様は赦してくれると思っていました。
 そういう信仰を牧師も先輩も誰も、注意してくれませんでした。いや、ただ一人、夫である私の父だけが「あんたは私にとって良い奥さんだけれど、たった一つ困るのはイエス様の十字架が分かっていないことだよ」とこぼすことがあったそうです。
 母は、「夫は理想主義過ぎるのよ」と思ってさして気にとめず、また父を責めもしませんでした。しかし母は父の信仰を理解していませんでした。父には深い信仰体験がありました。それは劇的な光の体験です。この事はよく、あちこちで書きますから省略します。
 ところで、母は幸いにもあるアマチュアの信仰団体からのパンフレットを受け取ったのです。今も私の机の引出にあります。
 「あなたは本当に救われていますか。あなたの救われているという保証はどこにありますか。あなたは教会の信者を三十年続けていますか。しかし、信仰がなければ、その教会生活はあなたの救いの保証にはなりません。あなたは献金をずっと続けていますか。それどころか忠実に什一献金さえ怠らずに続けていますか。すばらしいことです。しかし残念ながら、それでも信仰がなければ、その献金の継続もあなたの救いの保証にはなりません。あなたは確かに三十年前、ちゃんと洗礼をうけて居られますね。そして毎月聖餐式に預かりました。それでも、あなたに信仰がなければ、その洗礼も聖餐式もあなたの救いを保証はしません。あなたはイエス・キリスト様の十字架を信じていますか。十字架の上のイエス・キリスト様があなたをまったく救い、その血潮があなたを全く清めてくださることを自覚していますか」
 これらの言葉は、実は毎週、教会の講壇から聞いてきた言葉です。私の父である夫もしょっちゅう祈りの中で言っている言葉でした。しかし、そうした言葉はどこか遠い世界の言葉だったのでしょう。いわば聞き飽きている言葉でした。天国に行ったら、よくわかるように教えてくださるだろう、とぼんやり考えていました。
 しかし、今や、この言葉が剣のように彼女の心を刺したのです。この確信がなければ、私の死んで行く先は地獄であると分かったのです。それから、彼女の祈りの日々が始まったのです。そして半年もしたころでしたろうか。はじめに書いた母の喜びの体験が訪れたのです。
                *
 アウグスチヌス(AD354~430)は古代キリスト教会の代表的教父、最大の神学者です。彼がキリスト様を信じた時のあかしが彼の有名な「告白録」に載っています。彼は当時の新興宗教マニ教にも、真摯な哲学新プラトニズムにも傾倒できず、最後に聖書に来ますが、頭で分かるが信じられません。その時、隣家の子どもが歌う「取って読め、取って読め」の言葉に思わずうながされて、聖書を開いてある個所を読みます。その瞬間、「たちまち平安の光ととも言うべきものが私の心の中に満ち溢れて、疑惑の暗黒は全く消えうせました」ということが彼に起ったのです。
 これが「救いの確かさ」です。平凡な日本の女にも、古代の知識人アウグスチヌスにとっても、信仰とは体験すべきものです。こう言うと、「えっ?」といぶかる方もおられるかもしれません。それは「四つの法則」などで、最後に必ず「信仰とは感情ではありません。信仰とは聖書の言葉に堅く立ち、イエス様の救いの事実に信頼することです。ですから、まず事実、そして信仰、そして感情が最後についてきます」と教えられるからです。そのとおりです。信仰を感情体験と取り違えてはなりません。しかし、その心に起こる確信は体験しなければなりません。
 私は言う。感情ではない。光を見たり神秘な声を聞くことでもない。体が倒れたり異言のような霊言現象は無くてもよい。ただイエス様を信じたという魂の事実。あるいはイエス様が私のうちに入ってくださったという魂の体験が大切です。現象的体験は何一つ無くても、「しかし私は信じている」という魂の現実、これが「信仰の確かさ」です。

      三、信仰は記憶である

 「信仰とは記憶である」と、私が言うことがある。誤解を受けやすい言葉であるし、全面的な真理でもないが、大事な信仰の側面を言い当てていると思っている。禅学者の鈴木大拙も「記憶というものは大切なものだ」と、ある所で語っている。
 しかし、単純に「信仰とは記憶である」と言ってしまうと、以下のような難問にぶっつかる。以下は大正から昭和にかけて、作家、思想家として活躍した人物で、倉田百三という人の言葉だ。
 「もし、ピストルの玉があなたの頭に打ちこまれ、あなたが意識を全然無くしてしまったとする。その時、それまで信じていた、あなたの信仰はどこに行くだろうか。信仰していたことも、信じていた内容も、みんな記憶を失ってしまう。その時、あなたは天国に行けるという、その確信を持てるでしょうか」
 倉田という人は大正の頃、論文集「愛と認識との出発」や、戯曲「出家とその弟子」でたいへん有名になった。その後、神経症に陥り、不眠症どころでなく、一番ひどいのは計算恐怖症という他人には推測もつかない奇妙で悲惨な症状に陥る。ところが、今では世界的認知をうけている森田正馬博士の治療法によって、その状態から解放されて、彼に大変化が起こる。その治癒法は医学的治療のようなものではなく、禅宗の修業か、その考え方の習得法に似ていた。だから、その治癒そのものが非常に宗教的「悟り」に似たものであったのである。
 彼はその森田療法による解放体験を得てのち、親鸞の信仰がよく分った。私は獄中で倉田の「生活と一枚の宗教」という本を読んで彼の真宗的信仰の徹底さを知った。すでにその時、私自身回心していたので、一種の宗教的共感を覚え、体がおののいたものである。
 先に載せた「ピストルの玉があなたの頭に打ちこまれたら、あなたの信仰はどこに行くだろうか」この倉田百三の言葉は、彼らしい、最も彼らしい信仰の根源を衝く質問である。この質問を最初知ったとき、私はまだ信仰を持っていない二十歳まえの時であったから、この容易ならぬ質問に私の魂はわなないた。この質問にたいして倉田百三はすでに解法を持っていると私は思った。しかし私はそれを持っていないのだ。私は悶えた。私の魂は、それを求め、かつ飢え渇いた。
                *
 ところで、話題をちょっと転じる。昭和十八年(一九四三年)の夏、私は非戦主義の故に軍隊からの召集を拒否して自殺をはかった。戦時下、当然、当時の法律にふれる。私は逮捕され、起訴されます。罪名は「兵役法違反」と「出版言論集会結社等ニ関スル臨時取締令違反」。
 外観は、兵隊に行くのを恐れて自殺をはかったという格好ですし、そこに私の気弱な性格が見え見えの感じなので、どうも恥かしい。もう一つ、当時、私はまだ本当のクリスチャンではなかったにしろ、でも自殺行為をはかったということは、現在クリスチャンである私としては、これも又、恥かしい、困るのです。
 しかし当時の私は、警察につかまって後は、警察でも、検事局でも、裁判の法廷でも見苦しい言い訳はしなかったと思う。「窮鼠猫を噛む」とも言えるが、検事とは相当はげしく口論した。大分の裁判所の公判では「懲役一年」の判決だった。当時としては破格に軽い刑で、その時の裁判長は偉いと思う。その故だろうと思うが、加えて検事とはげしく口論した影響もあろう、検事局は判決の執行になかなか同意しなかった。控訴したかったのであろう。
 その判決のあった日は昭和十九年(一九四四年)一月十四日である、奇しくも私の誕生日、満二十二歳であった。その後、私は福岡刑務所に送られる。
 さて信仰上の苦悩は、福岡の刑務所にはいってからひどくなった。刑務所にはいってからは、私の心の中では「非戦論」はもう棚上げである。そして、神様の前における罪の問題、悪に染んだ自分の心、また言いようのない人生の不安、そうしたことが強迫観念のように、日夜、自分自身を責める。事実、体内時計過敏症と私の称する神経症すら起こった。
 私にキリスト教の知識はあった。ルター流の義認の信仰をはじめ、その他の教理も大体は知っていた。ただし、その信仰の実感が掴めなかったのだ。イエス・キリストを信じたかった。大声をあげて叫びたいほどに信じたかった。しかし、どうしても信じられなかった。自分のこの理屈っぽい意識がイエス・キリストを信じるという心理状態になれるとはどうしても考えられなかった。しかも、可笑しいのだが、心でも口ででも、「私はイエス・キリストを信じられない」とは、どうしても言えない。それを言ったらもう万事お仕舞いだ、と思うのである。そして「なんとかして信じている自分を発見したい」と思う。それが私の本心であったのである。そんな獄中のある日、
 私は勇気をふるって丸一日かかって自分の心を点検した。「私はイエス・キリストを信じているか、どうか。本気で確かめよう。もし信じているならお前は救われるのだから」。そして一日かかって私は最後に自覚した、「私はやはりイエス・キリストを信じていない」と。
 その言葉を心の中で言った瞬間、私の前に地獄が開けた。地獄の炎がメラメラと燃え上った。「ああ、もう私は永遠に滅びる」。絶望感が私の脊骨と内臓を貫いた。地獄の火を恐怖をもって見つめながら、私は三日間過ぎて、昭和十九年(一九四四年)十一月二十三日の夕刻になった。
 私の脳裏に聖書の一句「すべての人に代わって一人の人が死んだので、すべての人はすでに死んだのである(第二コリント五・一四)」という言葉がひらめいたのである。
 「一人の人」とはイエス・キリストである、「すべての人」のなかに、この私は含まっていると私は即座に思った。私は死んだのだ、醜悪な虚偽と卑怯さに満ちた私の自我は死んだのだ。そのことが私の現実として確信出来た。不思議であった。そういう確信が心に湧くこと、これこそ聖霊の働きだと、私には思えた。
 この一瞬を、よく私は「イエス様の声を聞いた」とか、あるいは「わが神秘的体験」とか呼ぶ。しかし、レアルに書けば、「ふと気がついた」ということに過ぎない。パウロのように光に照らされ、地上に打ちのめされ、肉声でキリストの声を聞いた、というようなことではなかった。
 私の父のように部屋中が光に満たされた、そんなこともなかった。しかし、アウグスチヌスのように「心に平安が満ち溢れ」、ジョン・ウェスレーのように「胸にあたたまりを覚えた」とは、へりくだりつつも断言できる。だから、やはり私はイエス様の言葉を聞いたと言うのです。
 この体験はアウグスチヌスやジョン・ウェスレーや、内村鑑三や、私の父・釘宮太重の回心と同じものであると、人に教えられなくても自分ではっきり分かりました。疑えません。このイエス様の言葉を心に聞いたことは「たとえピストルの玉が私の頭に打ちこまれ」ても、私の深層の記憶からは消えることはないと信じています。これこそ「救いの確かさ」でないでしょうか。まさしく消えることのない「記憶」! です。

      四、救いの確かさについて

 「救いの確かさ」というのは、しばしば「入信の確かさ」であることが多い。次に三つの尊い証しを紹介します。第一は、イスラエル生れのユダヤ人ルベン・ドロンという人のことです。
 彼はゴラン高原の戦場で、近くにいた戦友が弾丸で倒れる死の現場を見た。兵役を終わった彼は改めて死と生の真理を求めた。しかし、人の心は可笑しなもので、かえって彼の心は堕落し崩壊する。でも、不思議! その時、一人のすばらしいクリスチャンに会う。彼に訴える。「私も生ける神に会いたい。どうしたら生ける神に会えるだろうか」。その友は答えた、「ひざまずいて、神の御顔を求めるんだよ」。
 ドロンは裏庭の茂った草むらにひざまずいた。そして見えない神に語りかけた。いろんな難問を神に浴びせた。彼の唇からは沢山の質問が出た。しかし神からはなんの応答もなかった。かえって明確に聞こえるのは「祈るのは止めよ、止めよ。お前の馬鹿げた質問に答えてくれる者なんか、いるものか」という悪魔の声であった。
 やがて彼の質問の種も切れかけた。最後に言った。「神よ、あなたに近づくためには、あのナザレのイエスを信じる必要があるのですか」。なんと、その時神はお答えになったのだ。天からの声があきらかに聞こえた。「しかり、お前にはあのナザレ人イエスが必要である」と。
 この言葉が彼を変えた。神様からの命が尚も続いて注いでくるように思えた。彼は神様からの命を飲みつづけた。彼は生ける神に会ったのである。彼は今、日毎、ユダヤ人たちにイエスの命を証言している。(「ハーベスト・タイム」1998・10月号より適宜抜粋して転載)
                *
 次はジョン・ラジャーというインドの人のことである。彼は子どもの頃から口に障害があり、声を出して話すことができなかった。
 だれも彼を相手にしない、孤独です。十四歳の時、彼は苦しみのあまり自殺しようと思った。夜の十二時ごろ鉄道の線路にたたずんだ。彼は神様が存在することや、奇蹟を行ってくれることは知っていた。しかし、まさか自分の為に奇蹟をしてくれるとは夢にも思わなかったのです。
 彼は短く祈りました。「もし、あなたが居られるなら、私に語り、私の口をなおしてください。そうすれば、私は残る生涯、あなたに仕え、あなたが行けという所にはどこへでも行き、あなが為せということはなんでもします。しかし今、私の口をなおして下さらなければ、私は列車にひかれて死んでしまいます」。彼は線路に立った。
 列車が近づく、体が震える。もう駄目だ、と思った時、声が聞こえた。「子よ、私はあなたを選んだ。あなたは家に帰って聖書を学びなさい」。彼は驚いて線路を跳びのいた。その彼の横を列車が猛烈なスピードで通り過ぎた。彼は夢中で家に帰った。
 帰ってみると、家族が寝ているので電気をつけられない。祈ろうとするが涙が出て祈れない。しかし気がつくと部屋が明るいのです。神の栄光が部屋に満ちている。その不思議な光の中で彼は聖書を読み始めた。
 翌朝になった時、彼はすっかり自分が新しい自分に変わっているのに気がついたというのです。(この人の、列車にひかれて死にますなどと神様を脅迫?するところや、光で周辺が満ちるところ、実にサンダー・シングや私の父の体験に似ています。アジア・キリスト聖書学院の機関紙「CFAニュース」1998・10月号より抜粋して転載しました)。
                *
 これは日本での例です。木村後人先生の出しておられる「原福音」第二十号(1999年2月)に載っていた先生のあかしです。以下に失礼ながら適宜抜粋して転載させて頂きます。文中私というのは木村先生のことです。
 かつて沖縄の小さな病院に一人の婦人を訪問した。病室の片隅に三人の子ども(長女が中学生くらい)がいて、おじけたような顔で私を見ていた。母親はもう末期症状で衰弱しきっていたが、言葉は意外にしっかりしていた。それはほとんど、自分や子どもたちを捨てて行った夫や、非情な世間に対する恨み言であった。そして終わりに言った。
「先生、神様や永遠のいのちなんて本当にあるんでしょうか。生きていてこんな目にあうなんて……、私には神さまなんて信じられません」。
 私には返す言葉がなかった。なんとか神の愛を説こうとしたが、そんなきまり文句を語れるような雰囲気でなかった。しかたなく沈黙していた。そして必死で神様に助けを求めていると、突然、ある光景が心に浮かんだ。私は静かに彼女に語りかけた。
「私はいつか丘の上に真っ黒に焼けたままのソテツが、その根元から可愛らしい新芽がふいているのを見たことがあります。あなたは沖縄の方だから、こういう光景はよくご存じでしょう」。
 彼女はハイと返事しました。「それと同じですよ、あなたの生命は滅びたりはしません。ソテツの根が土にかくれているように、あなたの命は神様の懐の中に隠れているのです。神様にお願いすれば、きっとまた幸せな人として甦らせてくださいます。それに、あなたの命はあの子どもたちの中で一緒に居るんですから大丈夫、何も心配する事はありませんよ」。彼女はそれを聞いて、少し安心したのか、顔が明るくなり、落ちついて「どうも、ありがとうございました」と礼を言った。
 その直後、私は沖縄を去り、上京した。それから二年ほどして、私を一人の少女が訪ねてきた。彼女は明るい笑みをたたえながら、「先生、私はあの時、病室にいた長女です。先生が帰ったあと、母は別人のようになり、少しも愚痴や悪口を言わなくなりました、私たちにもやさしくなりました。あんな母を見たのは初めてでした。そして亡くなる時もとても穏やかでした」。
 少女の話を聴きながら私の心は感動に打ち震えた。あの宿命に泣く彼女たちを、その鎖から彼女たちを解き放ち、全く新しい人生へと導かれたのは生けるイエスである。私ではない。私は不肖の弟子、ただ呆然自失していただけなのである。
                *
 こうして、生けるイエス様に触れる、あるいは神のみ言葉に触れる、神の聖霊にふれるというようなことが起る。こういう経験によって、とっさの間に信仰に入る人々がいるものである。こういう人たちにとっては「救い」とはまさしく「確かな」ことである。文句のない経験です。
 光や、耳に聞こえるような声は聞かなかったにしても、声ならぬ声を心にしかと聞きとめて信仰の事実を掴むのは前号に書いたアウグスチヌスがそうであった。メソジスト教会の創立者ジョン・ウェスレーもそうであった。内村鑑三もそうであった。私もそうであった。
 しかし私は、長い間、多くのクリスチャンの方々と交わっているうちに、別のタイプの方々のことが分ってきた。以上のような霊的体験、鋭角的回心と呼ぼうか、それが無くても大丈夫なのだ。大きく円弧を描くようにして、ゆっくりと信仰の門に入る人たちもいる。いや、その方々のほうが随分と多いのだということを書き添えておきたい。実は、ビリー・グラハムもその事に触れている。彼自身は鋭角的回心だった。しかし彼の奥さんは大きく円を巡る型だったと言っている、感謝!

      五、南無キリスト

 小説家の五木寛之さんの「他力」という本を読みました。なかなか面白い。日本人の宗教意識がよく出ています。「他力」とは、法然や親鸞が発見した浄土信仰の極致です。この信仰はつまり阿弥陀仏信仰です。
 阿弥陀仏とはもともと法蔵菩薩と言う方、この方が衆生を救済しようとの願をたてる。その四十八願の中の第十八番目、「世の人々が南無阿弥陀仏と私の名を心から信じて口に唱えるなら必ず救われて浄土に生まれるように」(意訳)との願をたて、長い長い修業をされ、その願を成就します。そしてついに阿弥陀仏という仏さんになられたというのです。
 この名前を説明しますと阿弥陀は原語で無量寿もしくは無量光、つまり、キリスト教式に読むならば、「永遠の命、無限の光」と読めますね、これはヨハネの福音書特愛の熟語です。仏という言葉は原語でブッダでして「悟った者」という意味です。ちなみに釈尊は特に尊ばれて、その悟った者の代表者のようにほとけ様と呼ばれるのです。
 南無阿弥陀仏の「南無」とは、帰依する、委ねる、命をかけて従うという意味。「そのとおりです」と言って全托する言葉です。キリスト教のアーメンと同じと言ってもよい。だから、クリスチャンなら「南無キリスト」と称名しても可笑しくはない。称名の信仰は「主の御名を呼ぶ者はみな救われる」という私たちの信仰と実によく似ています。真宗の信仰を神学者カール・バルトが東洋における宗教改革者の福音に並行的に最もよく似た宗教と称賛したそうですが、さもありなんと思います。
 しかし、イエス様は修業して救いを成就されたのではない。イエス様はもともと天におられ、天地の創造以前からキリストであられたのである。そのキリストが人類を罪より救うため地上にくだり、人の形を取って身代わりの死を遂げてくださったのである。イエス様はご自分で堂々と「私は道であり、真理であり、命である」と言われる。また「私は世の光である」とも言われた。イエス様は「永遠の命、無限の光」を悟った方ではなくて、「永遠の命、無限の光」そのものであったのです。
 この真理(永遠の命、無限の光)なるイエス・キリストというお方が私たちに人格として現われ、迫ってき、そして私たちの中に入って来、更に居続けてくださる、これがキリスト教です。キリスト教は単なる宇宙の意識や宇宙の法則を悟って、それで良しとする宗教ではないのです。
 日本における仏教は真宗、禅宗、日蓮宗、真言宗など、日本において集大成されたすぐれた宗教です。そして究極的には自然のなかに隠れた法の世界、「自然法爾」を尊び、「自然髄順」に生きることを目標とするように思えます。冒頭に紹介した五木寛之さんの「他力」という本にもそのように書いてあります。するどい視点だと思います
 しかし、これは神を時間の支配者、歴史の支配者と信じるキリスト教の信仰とは随分と違います。とは言うものの仏教的悟りというものはやはり大変に凄いものなのです。
                *
 代表的仏教者の悟りについて、二、三、紹介してみたい。
 白隠という人は今の静岡県を歩いて旅行した時、富士山は一度も目にはいらなかったというほど熱意をもって悟りを求めた人です。彼が越後高田の路上で夕暮れの鐘の音を聞いて遂に卒然として悟りを得た時、欣喜雀躍して路上で旅の荷物を放り出して踊ったという。
 また中国の香厳和尚は旧師から「お前の生まれる以前、お前はどこに居たのか」と意地悪な質問をつきつけられて答えられずに泣く泣く師の前を去って山寺に逃れて修業していた。ある日、瓦のかけらが落ちて手水鉢に当たり、その音を聞いた瞬間、長い間苦しみ求めていた悟りを得た。彼はガバと地上に打ち伏して遠くにいる先師を礼拝したという。
 親鸞は「ただ念仏して弥陀にたすけまいらすべし」との法然上人の一句を聞いて、アッと信じただけなのである。「ほかになんの子細もありません」と親鸞は言う。禅語にいう、「一句通ずれば千句万句通ず」と。ただの一句が分かったとき、経典全部が分かるのである。
 無教会の雄、塚本虎二先生が言った「聖書は数学の教科書とは違う。数学の教科書だったら、第一頁から勉強を始めて最後の頁まで進めば、それでよい。完全にマスターしてしまえば二度とその教科書をひらく必要もない。しかし聖書は違う。何回読んでも分からなければ、みな分からない。ところが一つの言葉が分かる時がくる。すると聖書の全部がみな分かる。そこで、もう二度読む必要がないかと言うと、そうではない。何度も何度も読めば読むほど、新しい光が差し込んできて、読むのを止められないようになる」と。
 日蓮が法華経の神髄にふれたのは、きっとそういう触れかたをしたはずだ。そうでなければあんな熱烈な宗教を生み出すはずはない。法華経の中心命題は久遠の成就者、久遠の存在者ということであろうか。日蓮は限り無く永遠者に近づいた人だということができる。内村鑑三が「代表的日本人」の一人に日蓮を選び、矢内原忠雄が「余の尊敬する人物」の一人に選んだ訳は分かるように思う。
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 「自己実現」という言葉を精神訓練の本などでよく見かけます。この言葉の創唱者はマズローだと思いますが、よく使われる言葉です。たしかに自己を励まし、自己を訓練するには良いガイドワードです。仏教は、この言葉でカバーできるかもしれません。しかしキリスト教は違います。キリスト教は「キリスト実現」を目標とするのです。
 キリスト教は、永遠の生命であり無限の光である救済者ご自身が、私たちの霊の中に乗り込んでくるという教えです。
 十六世紀の宗教改革者マルティン・ルターという人を見ましょう。彼は、友人が落雷によって死んだ、そのそばに彼は居たそうです。その経験から彼は信仰を求めるようになったという伝説があります。
 それはともかく、彼が修道院にはいって深い罪意識に苦しみ、ついには気を失って床のうえに倒れるまでに苦行に励んだと言われます。しかしそういう肉体の修業を如何に努力しても、心に真の平安を得ません。こういうところは法然や親鸞によく似ています。
 ある時、ルターはシュタウビッツというすぐれた上長の神父に会います。シュタウビッツはルターを一見して彼の深刻な苦悩と彼の誠実な霊性を見ぬきます。そこで忠告するのです。「キリストは威嚇する方ではない。慰めてくださる方です」。この一句は強い矢のようにルターの胸を貫いたと言います。そして更にシュタウビッツ師は言うのです。
 「イエスの傷を見るが良い。君のために流されたイエスの血を見るがよい。そこに神の憐れみが見えるであろう。贖い主の腕に君自身を投げかけ、彼の義の生涯と犠牲の死により頼むがよい。彼が先に君を愛したのだ。それ故、君も彼を愛するがよい。そして君の難行苦行はすっかり棄ててしまいなさい」と。これを聞いてルターは自分のへそばかり見ていた自分から解放され、ただキリストだけを見上げる人になりました。
 ルターはあらためて聖書を開きました。そして、あの一句が彼の霊を捉えるのです。
「義人は信仰によりて生くべし」(ローマ一・一七)、この一句によって宗教改革は始まるのです。

      六、救いの経路の様々

 一五一一年、二十九歳のマルティン・ルターはローマに行きました。ピラトの階段と言われているものがありました。イエス様がピラトの裁判を受けられる時、上がっていった階段だと言います。その階段をひざまずいて上がってゆく人には功徳があると信じられていたのです。そういう聖蹟遺物が当時たくさんありました。階段にはガラスの破片が撒いてあり、膝に傷を受けながら上がるという苦行なのでありました。
 その階段をルターはのぼっていく途中、あの「義人は信仰によりて生くべし」という聖書の言葉を思い出しました。決然として彼は立ち上がり、階段を降りて行ったのです。その頃すでに彼の心に福音信仰が醸成され始めていたと推察出来るではありませんか。この時、ルターにはまだ確信はなかったでしょう。まだ、肉と罪との戦いに勝利を得ることができず、悩み苦しんでいた時でなかっただろうかと思うのです。
 一五一三年、その年の初めの頃、ルターはウィッテンベルグ城の塔の中で徹底的回心をしたのであろうと多くの歴史家が言います。
 彼は回顧して言います。「その時、私は一瞬にして新しく生まれたように感じました。パラダイスの扉が目の前に開かれたような気がしました」。まさに、ルターはこのウィッテンベルグの城で初めて「救いの確かさ」を掴んだのでありました。
 この経験が内村鑑三がコンポルションと呼び、石原兵永が「回心記」(新教出版社刊、ただし絶版)で強調したコンバーションです。ウイリアム・ジェイムスの「宗教経験の諸相」(日本教文社刊)を読むと、このコンバーションの驚嘆すべき体験談がたくさん記録されています。
 畏友・今橋淳先生は、私も親しかった桜井先生という方の按手と祈祷を受けて一瞬バリバリ音を立てるようにして脊髄カリエスが癒された。そしてイエス・キリスト様の救いがこれまでの教理的理解ではなくて実存的体験として分かったのです。(この奇蹟的回心については先生の自著がある。ご希望の方は釘宮までお申越し下さい)。この今橋先生から、かつて「釘宮先生のコンバーションはどんな様子だったのですか」と問われたことがあります。私は例の刑務所の中での体験を話したら、「その程度のことですか」というような落胆した顔をされました、呵々。
 とは言え私が、その時いただいた信仰は神様からのものです。如何に小さい信仰でも、質的にはペテロ、ヨハネ、パウロと少しも違わないと、その時思っていました。今ももちろん、そう思っています。親鸞が他の弟子たちとの信心問答で、「法然上人の信心と私の信心は微塵も違わない」と断言したそうですが、よく似ていますね。
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 モラビアン兄弟団の総師ツィンツェンドルフ、不思議な人です。この人は一七〇〇年にドイツのザクセンの伯爵家に生まれました。ルターよりも約二百年後の人です。なんと四歳の時にイエス様に従う決心をしたそうです。六歳の時にはスエーデンの軍隊がザクセンに侵入、あらくれ兵士どもが略奪のため城に乱入してきましたが、この少年は少しも恐れず祈り続けていました。兵士たちは恐れて何もできなかったといいます。
 成長して、十九歳の時、大学を卒業、当時の青年貴族らしく、国内を旅行しました。そしてデュッセルドルフの美術館で「この人を見よ」という十字架上のキリストの絵を見たのです。その下に文字がありました。
 「我はなんじの為に生命を捨つ。なんじは我がために何をなししや」
 この言葉の前で棒立ちになった。彼は涙にむせんで立ち去ることが出来なかった。その時、あらためて彼は献身の思いを堅くしたのです。
 後に、チェコスロバキアの中部モラビア地方からクリスチャン農民たちが逃れてきました。彼らはルターをさかのぼること百年、宗教改革の先駆者ヤン・フスの流れを汲む真の信仰者たちでした。ツィンツェンドルフは彼らを自領に迎え入れて安全を保証したのみか、彼らと共に信仰の集団を組織する。これがモラビアン兄弟団です。
 モラビアン兄弟団の人々は殉教的海外伝道に出て行きました。み言葉に忠実なることは、今もローズンゲンという有名な聖書日課を編集して、毎年出しているほどです。彼らは数の多くなることを求めず、今も本当に小さい教団で満足しています。
 さて、このツィンツェンドルフの信仰は、いつ生まれたのでしょうか。彼にはコンバージョンは起こったでしょうか。あの四歳の時や、十九歳の時も、いわゆるコンバージョンではないように思えます。
 彼の信仰は非常に意志的です。決意の強い人に見えます。断固として信じるのです。彼はみ言葉や聖霊の導きに従順です。世論を恐れず異国の難民を受入れます。教団の組織指導は徹底しています。少年少女たちまで自発的に徹夜して祈ったと言われるほどです。
 この教団の霊的な信仰はジョン・ウェスレーの霊的反省をもたらし、コンバージョンを生み出し、聖霊と聖潔のメソジスト教団を生み出させたのです。
 こうしたツィンツェンドルフの信仰の強固さはどこからくるのでしょうか。私は推察します。聖霊の働きはもちろんですが、み言葉による感動、自身の意志力の強靱さ、これらによって維持する彼の真摯な祈りによる成果に違いないと。
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 ところで、文章の流れを急に変えて、現代の私たちに目を留めます。最近の私たちの伝道実践の中で、簡単な個人伝道に対し、すぐイエス様を受入れ、簡単に信仰にはいる人が多い。あるいは「路傍で拾ったトラクトを読んで、その最後の信仰の勧めの所で「ハイ、信じます」と一人でうなずいて署名欄に名前を書きました。その時からずっと信仰をつづけています」というような証しを聞くことがある。私はそういうことが信じられなくて、その人から証しを聞いた時、本当に驚嘆した。
 私はそうした信仰に疑い深く、拒否的だった。だからイエス様の十字架の救いのメッセージを聞いて、その場で決心して「信じます、信じます」と言うのは虚妄に見えて仕方なかった。そして「彼らの信仰は信じられない、信じられない」と一人ぎめしていたのです。これが正直で真実な態度だと思っていたのです。私はひたすらコンバーション風の瞬間的確信を求めました。
 聖霊様によって瞬間的確信が与えられることは実に感謝なことです。しかし、そのゆえに単純に信仰を受け入れた人の信仰を一向に認めようとせず、しかも自分の信仰だけが立派で霊的だと思って、高慢になってしまったという反省が今の私にはあるのです。
 たしかにルターや今橋先生のような聖霊による瞬間的信仰の経験のない人たち、又はツィンツェンドルフのような意志の強い信仰を持たない人たちは、教会によって良く守ってあげなければ、信仰の破船や堕落をしやすいことは事実です。そういう方々のためには信仰を堅く守り、信仰を正しく成長させる羊飼いのような指導者や組織が必要です。
 更にその上、信仰を実際生活に生かすコツやカン所と、心や言葉の運用の技術、また悪魔に打ち勝つ霊的戦略、戦術、格闘術を教え、また訓練することも必要です。かくて、各信徒は必ず勝利します。世と悪魔と死との最終戦に至るまで絶対に勝ち続けます。それこそ「救いの確かさ」の到達点です。主イエス・キリストのお導きの確かさです。

      七、信仰とは神と人との協力作用

 救いの確かさとは何か。これまで六回にわたって書いてきたのは、ほとんど私たちの入信体験の確かさでした。それは人間のがわにおける信仰の確かさですが、特に瞬間的体験としての回心だったと思います。
 私は青年期、原田美実という純日本人にして快男児なる独立伝道者の個人雑誌「基督」のある号によって「救いの確かさ」という言葉に初めて触れたのです。その号では表紙から裏表紙の広告に至るまで、全面キリストにある救いの確かさについて語っていました。それは瞬間的コンバーションの奨めでもありました。私は圧倒されました。私はそれを熱烈に求め、それを福岡の刑務所で体験しました。二十二歳の秋でした。
 しかし、そうではない人も多数います。いや、その人々のほうが多いのかと思います。大阪の泉大津のCTC(クリスチャン・トレイニング・センター)の古林先生から聞きましたが、先生ご自身、自分がいつクリスチャンとしての確信を持てたのか分からなくて、ご自分の「証し」を書くのに困ったそうです。先生は全国を回って信徒教育の講習をしておられる方です。その講習会で「入信の証しを書きましょう」などと講習して回られる方なのに……。でも、それも事実です。それは、
 朝明けに似ています。いつ夜が明けたのか、東の空を見ても、その瞬間は実は、はっきりしない。特に曇りの日ではそうです。しかし確かに朝になっている。そのように私たちがいつイエス様を信じるようになったのか、時刻ははっきりしなくても「回心」の時はあったはずです。
 そのように瞬間的回心ではないけれども、しかもしっかりした確信を持って居られる方に、その確信を形成して来られた経過をくわしく書いてほしいものです。ぜひともお願いです。そうした「証し」は、ご自分の信仰に疑いを持っている方々に非常に参考になり、励ましになりますから。自分の信仰の吟味をするということは大切です。信仰の確かさ、救いの確かさを、あらためて確かめることが大事です。
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 以上が、人間のがわにおける救いの確かさです。これを体験主義と言って非難する方もいますが、この内面的体験が無い信仰というものは私には想像しにくい。いささかでも何らかの内面的経験がほしいのです。
 ところで、それと矛盾するようですが、「救いの確かさ」は、神のがわにおける確かさです。
 真理と重要度から言えば、これが第一です。人間のがわの確かさは第二です。これは神様が私を選んで掴えてくださり、絶対に離されることはないという、この確かさです。神のがわから見る客観的な確かさです。「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めてくださった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには。更に栄光を与えてくださったのである」(ローマ八・二九~三〇)。
 それでは神様はいつから私たちを知っていてくださったのか。聖書に、「主の言葉がわたしに臨んで言う、『わたしはあなたを母の胎につくらないさきに、あなたを知り、』」(エレミヤ一・四、五)とある。
 その先とはどこまでさかのぼるのでしょうか。「神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、……、天地の造られる前から、キリストにあって私たちを選び……」(エペソ一・三、四)。
 つまり、私たちの存在は天地の創造以前から神様に知られ、祝福され、選ばれていたということです。これは驚くべき思想ではありませんか。神の啓示以外に誰がこんなことを考えられましょうか。ですから、「私(神)の目にはあなたがたは高価で尊い存在である」(四三・四参照)とあるのは、当然すぎるほど当然です。
 この創造主なる神が私たちの罪を赦し私たちに全き救いを与えるために、御子イエス様を地上につかわして十字架につけ、イエス様に全人類の罪を負わせて断罪なさったのです。主イエス様は従順に父なる神の救いのご計画に従い、それを成就されました。主は十字架上で「われ完成せり」(ヨハネ一九・三〇)と叫ばれた、この一語こそ勝利の喚声、ここに私たちの救いの確かさがあるのです。
 だれもこの十字架のみわざを無効にすることはできません。悪魔もこれを破壊出来ません。だから悪魔は憤って、この救いの真理を覆い隠そうとし、「ほかにも救いの道がある」とか、十字架を否定する教議を言い広めようとするのであります。
 更に書いておきたいことがあります。それは私たちを義とし、肉の生活を清めてくれるのは「キリストの信仰」であるという事です。ガラテヤ二・一六や同二・二〇の「キリスト・イエスを信じる信仰」あるいは「御子を信じる信仰」という言葉があります。この邦訳の言葉は誤訳ではないにしても拙い訳だと思います。本当は「キリスト・イエスの(所有する)信仰、御子の(所有する)信仰」と訳すべきだと私は信じます。このことは「私たちが義とされること」も、「私たちが肉にあって生きておれる」のも、すべて「キリストの(持って居られる)信仰」によって可能だということです。
 然り、キリストは「信仰の創始者であり、完成者ですから、この方を仰ぎ見つつ走ること」(ヘブル一二・二参照)、これが、私たちの信仰を成長させつつ、この地上を生きてゆく秘訣です。「キリストの(持って居られる)信仰」ということについては、手束正昭先生の「キリスト教第三の波」の中にも詳述されています。
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 救いの確かさの第三は「成長の確かさ」です。それは、クリスチャンが天に帰る日まで成長しつづけて、そのクリスチャンとしての姿が、主のみ姿に完全に似せられるまでに成長する「成長の確かさ」です。
 聖書でパウロの言葉を読むと、しばしば「救い」ということが入信当時の赦しのことではなくて、天に凱旋して天の体を着せられる、そういう希望を指しています(ローマ八・二三等参照)。その「希望の確実さ」を確信せしめるのは、単なる夢のような天国への期待でなくて、事実クリスチャンとして成長しつつある自分の事態に感激させられざるを得ない「成長の確かさ」です。
 私の若い時でした。旧師T先生がある日の講義で「信仰とは神と人との協力作用である」と黒板に書かれたのでビックリしました。私はそれまで、「私は無力です。私は何も出来ません。ただ神様にお委ねして生きるのみです」と告白し、祈り、公言しつづけていました。
 それが信仰的な謙遜な姿勢だと思っていました。ですから、このT先生の言葉を聞いた時、唖然としてしまいました。しかしこの言葉がけっして傲慢ではなく、真実な面を持っていることに気づきました。
 もちろん、行き詰まって行き詰まって、その土壇場で「神様、もう私は何もできません。私は無力で、愚かです。主よ、万事をあなたにお任せします」。そう祈って難所を切り抜けた経験は(私もそうですが)多くの信仰の勇者たちも経験している所です。それに間違いありません。
 しかしそうした急所難所を何度も経験し、そうした一連の経験を積んで来ると、そういう時の信仰の働かせるカンどころが分かってくるのです。そうです、魂の力の働かせるコツと言っていいものです。
 さて以下は、結論と言ってもよい文章ですが、難文でしょうが、辛抱して読んでください。
 信仰の内実は、「イエスを主と呼ぶことが出来るのは聖霊による」と聖書にある(第一コリント一二・三参照)とおり、霊の領域で起こるというのが常識でしょう。にもかかわらず、聖書は別のところで「口で告白し、心で信じる」(ローマ一〇・九、一〇参照)と言います。信仰は「霊」の領域でなく、口という「肉」や「心(魂)」の領域で始まると言っているようです。「心(魂)」は「霊」の外延です、霊ではありません。余りキリスト教界では言われないことですが、「口と心の相関作用」で信仰が育成され、強化され、成長するのだと言っているのです。これはパウロのいう「信心の訓練」のことであり、「目標を目指して進む」ことでもあります。これが「成長の確かさ」の足場だと思います。

             跋

 信仰の確かさについて書きたかったのです。ところが、過去の登録文書を見ていたら、こういう文書が見つかった。数年前の週報の原稿を七日分まとめたものかと思えたが、はっきりしない。ともあれ、今の私にとりちょうど都合のよい文章であったので、プリントアウトしてみた。ご参考に読んでください。私たちの信仰の在り方について、分かりやすい冊子にできるかと思ったのです。四〇頁くらいの小冊子になると思うのです。手頃な解説書になるかもしれない。どうぞお読みになって、不明な所は遠慮なく質問してください。そのたびに書き直して行きます。最後には有益な本になると思います。祈りつつ。
        主の二〇〇二年十二月十三日
                               釘 宮 義 人
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