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第17作 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

第17作 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

1976年7月24日封切り

我が心の『寅次郎夕焼け小焼け』 ― 私の人生を支えたもの ―

スマートで弾けた脚本と演出、安定感抜群の109分。これぞエンターテイメント!

「夕焼け小焼け」は、今までに私がこのシリーズで最もたくさんの回数を見た映画である。そのほんとうの理由は自分でもよく分からないのだが映画というものが持っている全ての面白みが偏ることなく絶妙のバランスで詰め込まれているからかもしれない。私にとっての作品としての評価という意味では、第1作や第8作、第15作のほうが高いのだがこの第17作はなぜか見た後に満腹感を感じられるのだ。物語の振幅が大きいからかもかもしれない。また、この頃になると、脚本や演出がこなれてきてスマートでギクシャクしないものになっているので、そのような、ゆったりとした安定感が心地よいのかもしれない。総合的な完成度が高い気品のある作品と言ってもよいと思う。

とにかく実に「見易い映画」「楽しめる映画」なのである。第1作「男はつらいよ」を見ていると、楽しめるというよりは、あまりにも懐かしく、美しく、そして初々しい荒削りな魅力に溢れている。第8作「寅次郎恋歌」も楽しめると言う言葉は似合わない。人生の奥深さと、人間の世の哀しさ、旅の孤独、が見事に描かれた長編大作だ。それゆえに立て続けに見るときついものがある。第15作「寅次郎相合い傘」は美しく切ない、ふたりの恋の物語で、心が震える最高傑作だ。楽しい場面もたくさんあるし、「放浪者の栄光」の物語でもあるが、やはり「切ない恋の物語」でもある。
それに対して、この第17作「夕焼け小焼け」はとにかくすんなり安心して楽しめるのだ。つぎつぎに物語が展開していってあれよあれよという間にクライマックスへ。そして最後に感動が待っている。落ち込んだ時、この作品を見たら元気が出る。悲しくて仕方がない時この作品を見ると、明日も生きていこうと、そう思えるのである。

私は30代の終わり、精神的にも肉体的にも非常に苦しい時期があった。限界ギリギリと言う感じだった。あの数年、とにかく暇を見つけてはこの第17作を繰り返し見たものだ。とにかく笑える。とにかくはなやぐ。それでいてなんともいえない気品と重みがある。そしてなんといっても最後に感動する。起承転結。絶妙の安定感がそこにある。「物語」がそこにしっかり存在するのだ。

この「夕焼け小焼け」を見るたびに思うことは、ここにいたって本当にこのシリーズは熟してきたな。ということである。泥臭さがもうかなり消え、スマートになってきている。だから安心して違和感なく見ることができるのである。気持ちが苦しい時はあまり泥臭いパワフルなものもダメだし、あまり軽く予定調和的に作ったものもダメなのだ。「若々しく輝きながらもスマートな成熟がもう始まっている」というなんともいえない頼り甲斐のある気持ちよさが「夕焼け小焼け」にはあるのだ。

岡田嘉子さんの眼 ― 人生のふたつの後悔 ―

この映画には宇野重吉さんの初恋の人、志乃役で往年のスター、岡田嘉子さんが出演している。彼女の体から出るあのオーラはいったいなんだろう。人の歩めない道をあえて歩んで来たものだけが持ちうる優しくも強い眼光。凛とした姿かたち。今日の今日までいろんな役者さんの演技を見てきたがあのようなオーラは、あとにも先にもあの龍野での岡田嘉子さんだけだった。青観役をみごとに演じきった宇野さんとともに心底感服した。

岡田嘉子さんは戦前にソ連へ亡命し、戦中戦後の数々の苦しい体験を経て、日本へ一時帰国している時にこの映画に出演されたのだが、かの地での厳しい環境の中での体験があの姿かたちになって、見る私たちを圧倒したのであろう。日本で役者のことだけを考えて安穏としているたくさんの俳優さんと生き様が違うのである。あの優しさの奥にある眼の力は普通じゃない。何かを視、体験してきた眼だ。

愛人と手を取って南樺太の国境線を越え、亡命したが、運悪くスターリンの大粛清の最中だったこともあり、愛人は銃殺、岡田さんも10年もの間厳しい収容所で強制労働を強いられた。10年間の収容所生活から解放された岡田さんはモスクワ放送のアナウンサーになって後に滝口慎太郎氏と結婚,彼の死後、1972年に滝口氏の遺骨とともに、宇野重吉さんらが出迎える中、実に34年ぶりの帰国を果たす。この「夕焼け小焼け」に出演した当時、岡田さんは一切そのことを人にもスタッフにも言わなかったためこの衝撃の事実がわかったのはその後、ソ連に戻ってからだという。

「私、近頃よくこう思うの。人生に後悔はつきものなんじゃないかしらって。
ああすればよかったなあ…という後悔と、もうひとつは、どうしてあんなことしてしまったのだろう…、という後悔…」

この言葉は、あとから考えると、岡田さんの人生そのものであり、岡田さん以外の人には言えないセリフだったと今でも確信している。あの眼光を持ったまま、岡田さんは14年後に日本を去り、ソ連に戻り、かの地で独り寂しく永眠された。
ソ連に戻る際、友人の杉村春子さんが「日本の方が暖かいのに」となんとか止めようとしたが、岡田さんは寂しそうに笑い、「東京のあわただしい空気より、静かなモスクワの方が肌に合うんですよ。それに私を愛してくれた2人の男が眠っている国だし」と杉村さんに言ったそうだ。

多磨霊園にある墓碑には「悔いなき命をおしみなく」という自筆が刻まれている。

私がインドネシアでの生活に悩み、苦しんでいた30代後半、ひょっとしたら…、この「夕焼け小焼け」の岡田さんの深い眼光とあの凛としたお姿、あのセリフを見聴きするために何度もこの作品を見ていたのかもしれない、と今、これを書いていてふと思った。そうかもしれない…。私は岡田嘉子さんに救われたのかもしれない…。役者は人生が出る、生き様が出る。渥美さんや、岡田さん、宇野さん、笠さんを見ているとそう思う。撮影現場で一生懸命体当たりの演技をしてもしょうがないのだ。そんな甘い物ではない。勝負すべきは日々の孤独の中での生き様なのだから。

志乃さん宅のお手伝いさんの役でなんと第7作「奮闘篇」のマドンナである榊原るみさんがノンクレジットで友情出演していたが、志乃さんの静かな生活に溶け込んだ清楚な実にいい演技だった。

宇野重吉さんという存在

池ノ内青観を演じた宇野さんの存在感も凄まじいものがあった。何から何まで宇野さんは「池ノ内青観」そのものだった。あの人の姿かたちにも、独特の「怖さ」「厳しさ」が滲み出ている。たった一言で人生を感じさせることができる人。それが宇野さんだ。おそらく宇野さんも岡田さんや、渥美さん同様にただですまない厳しい人生を送ってきたのであろう。最晩年の彼の生き様を思い出してはそう感じている。
山田太一さん脚本の名作「ながらえば」でテレビドラマの歴史に残る笠さんとの真剣勝負の演技を私たちに見せてくれた宇野さん。笠さんと渡り合えるのはもう後にも先にもあの時代宇野さんしかいなかったのである。

宇野さん扮する青観がラスト付近で目を細めてふと呟くあの言葉「そう…寅次郎君は旅か…」は忘れられないセリフだ。この一言でこのシリーズのイメージをすべて言い表していた。見事な姿かたちだった。また、龍野での寺尾聡さんとの親子共演もなかなか印象深い。

いずれにしても宇野重吉と岡田嘉子というふたりの優れた感覚の人間によって演じられた龍野のあの静かな夜の会話は、この作品に最高の気品を与えているばかりでなく、あのシーンの存在が、この長いシリーズ全体のイメージをも高めているほどの強烈なインパクトを持っていた。「夕焼け小焼け」の奥深い懐がここにあるのだ。

美しい播州龍野と弾けるぼたん

この作品では播州龍野がしっとりと実に美しく描写されている。そんな古い町並みの中で溌剌と健気に生きる芸者ぼたん。
このコントラストが実にたまらない。太地喜和子さんの当たり役である。お互い裏街道を歩く者どおし、出会いから寅との相性は抜群だ。太地さんはほんとうに大輪の真っ赤な牡丹の花そのものだった。失意のどん底で、寅の熱い気持ちに打たれ、とらやで人目もはばからず号泣するぼたん。そしてラストに「絶対に譲らへん、一千万円積まれても譲らへん!一生宝もんにするんや!」と宣言するぼたん。あれらの太地さんの顔を私は忘れない。あの人は役者そのものだった。彼女もただではすまない俳優だったのではないだろうか。それにしてもどうしてあんなに早く逝ってしまったのだろう…。

突きつけられる庶民の無力さと切なさ、…そして優しさ ― 救われるということ ―

この長いシリーズではいわゆる「悪者」というような人物はほとんど出てこない。みんなどこかしら人間臭さを残した憎めない連中ばかりだ。しかしこの第17作にはこのシリーズで唯一といっていい「悪い奴」が登場する。ぼたんの虎の子の200万円を騙し取った鬼頭という男だ。そのことでとらやの面々はずいぶん親身になって手伝おうとするが、すったもんだの果て、結局泣き寝入りという厳しい結末が待っている。どんなにさくらたちの心が清らかでも、どんなにタコ社長が奮闘しても、寅が怒って怒鳴り込もうとしても、どうすることもできない厳しい現実がそこにはあったのだ。この金銭的損害と悪者征伐に関してはこの作品は容赦なく救いを遮断させている。現実の社会はこのような不条理な出来事や悪意に満ちた事件で溢れているからだ。

この時の寅は本当に心底怒る。マドンナのためにこんなに本気になって怒った寅はこの17作をおいて他に無い。その心にぼたんは救われ号泣するのである。

人は、最後の最後はお金でなく人の心に救われる。綺麗ごとでなくほんとうにそうなのだ。人生で涙が枯れ尽くすまで、とことんまで辛酸をなめた人ならそれはみんな実感として知っていることだ。

この作品はほんとうに無力で惨めながらも励まし合いながら寄り添いながら生きていく人の世の切なさと温もり、そして気高さをラストで謳いあげて終わっていく。こんな美しく、ほろ苦く、そしてリアルな感動に打ち震えるラストはこのシリーズでもめったにない。
第2作「続男はつらいよ」のラスト、第8作「寅次郎恋歌」のラスト。第25作「寅次郎ハイビスカスの花」のラスト。そしてこの第17作「寅次郎夕焼け小焼け」のラストが全48作の中で私の選ぶ感動のラストシーンベスト4だ。
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