トランスクリティーク――カントとマルクス (岩波現代文庫)

「岩波現代文庫版あとがき」で柄谷氏は,本書においてヘーゲル批判という問題意識がどれほど強いものであったかを次のように述べています.
「私の考えでは,資本・ネーション・国家を相互連関的体系においてとらえたのは,『法の哲学』におけるヘーゲルである.それはまた,フランス革命で唱えられた自由・平等・友愛を統合するものでもある.ヘーゲルは,感性的段階として,市民社会あるいは市場経済の中に「自由」を見出す.つぎに,悟性的段階として,そのような市場経済がもたらす富の不平等や諸矛盾を是正して「平等」を実現するものとして,国家=官僚を見出す.最後に理性的段階として,「友愛」をネーションに見出す.ヘーゲルはどの契機をも斥けることなく,資本=ネーション=国家を,三位一体的な体系として弁証法的に把握したのである.
 ヘーゲルはイギリスをモデルにして近代国家を考えていた.ゆえに,そこにいたる革命は今後においても各地にあるだろう.しかし,この三位一体的な体制ができあがったのちには,本質的な変化はありえない.ゆえに,そこで歴史は終わる,というのがヘーゲルの考えである.もちろん,ヘーゲル以後にも歴史はあった.しかし,本質的な変化は存在しないというほかない.『法の哲学』は今なお有効なのである.ここでもし歴史は終わっていないというのであれば,あれこれの出来事があるというだけではなく,資本=ネーション=ステートを越えることが可能であるということを示さなければならない.
 私が本書で試みたのは,そのようなヘーゲルの批判である.もちろん,私は正面からヘーゲルを扱わなかった.そうするかわりに,カントとマルクスを論じたのである.カントをマルクスから読むとは,カントをヘーゲルに乗り越えられた人ではなく,ヘーゲルが乗り越えられない人として読むことだ.マルクスをカントから読むとは,カントがもっていたがヘーゲルによって否定されたしまった諸課題の実現を,マルクスの中に読むことだ.
 しかし,私がヘーゲルのことをあらためて意識したのは,『トランスクリティーク』を日本で出版したあとまもなく起こった事件,すなわち,二〇〇一年の9/11事件,そして,イラク戦争においてである.この時期,アメリカのネオ・コンは,ヨーロッパが支持した国連を,カント主義的夢想として嘲笑した.彼らは,フクヤマとは違ったタイプのヘーゲル主義者だった.ヘーゲルは,カントのいう国家連合には,それに対する違反を軍事的に制裁する実力をもった国家がないから,非現実的だと述べた人である.このとき,私はあらためてカントについて,特に『永遠平和』の問題について考えるようになったのである.
 『トランスクリティーク』において,私は国家がたんなる上部構造ではなく,自律性をもった主体(エージェント)だということを書いている.それは,国家が先ず他の国家に対して存在することから来ている.したがって,他の国家がある以上,国家をその内部からだけでは揚棄することはできない.ゆえに,一国だけの革命はありえない.ゆえに,マルクスもバクーニンも,社会主義革命は「世界同時革命」としてしかありえないと考えていた.しかし,本書を書いたとき,私はこの問題をさほど深刻に考えていなかった.各国における対抗運動がどこかでつながるだろうと考えていたのである.二〇〇一年以後の事態が示したのは,何もしないなら,各国の対抗運動は資本と国家によって必ず分断されてしまうだろう,ということだ.
ところで,一国だけでは成り立たないのは,社会主義革命だけではない.ルソー的な市民革命もそうである.たとえば,フランス革命はたちまち,諸外国からの干渉と侵入に出会った.そのことが内部に恐怖政治をもたらし,他方で,革命防衛戦争から(ナポレオンによる)征服戦争に発展していったのである.カントはその過程で『永遠平和のために』(一七九五年)を発表したが,そのずっと前に,ルソー的な市民革命がそのような妨害に出会うこと,ゆえに,それを防ぐために諸国家連合が必要だということを考えていた.つまり,「永遠平和」のための構想は,たんなる平和論ではなく,いわば「世界同時革命」論として構想されたのである.だからこそ,ヘーゲルはカントに反対し,ナポレオン戦争を通してヨーロッパ各地に生まれた,資本=ネーション=国家こそ,最終的な社会形態であると考えたのである.
 私は本書において,交換様式から社会構成体の歴史を見る視点,さらに,資本=ネーション=ステートを越える視点を提起した.しかし,それはまだ萌芽的なものでしかないことを,私は認める.以後の私の仕事は,それをもっと詳細に,全人類史において解明することであった.そのために,一〇年ほどの時間が必要であった.それは『世界史の構造』(岩波書店,2010年)という本である.『トランスクリティーク』の続編として読んでいただけると幸いである.」
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